[読書メモ]『ルイス・キャロルの実像』(エドワード・ウェイクリング)

Hitoshi Arakawa | 2024/09/19 Thu 05:04

p7
彼は自分のさまざまな活動の詳細な記録を付けていた。

p10
道徳的な基準や見地は変化していく。そのため、ヴィクトリア朝において容認されていたことが、今日ではなかなか受け入れられない。その次代の社会的規範に従って生きていた人を、今日の基準から非難したり批判したりすることはできない。キャロルはまさにヴィクトリア朝の人であった。

p47
キャロルは乱暴で転がり込むように身体を使うスポーツよりも、理論的な勉強のような穏やかな活動を好んだ。

p50
キャロルはクライストチャーチという昔からある教育機関の伝統にしたがって、静かに、勤勉で、高ぶらず、従順に勉学に励んだ。粗野にしてはしゃぐ他の学部生に同調することはなかった。彼らの多くは特別扱いの上流階級の家柄で、飲酒、飽食、狩り、そしてよく暇をもてあそぶ学生たちであった。それに対して彼は学究的勉学につとめ、数学に卓越していたと同様、古典でも才能を発揮した。クライストチャーチで彼は酒好きではない多くの人たちを友とした。

p62
キャロルと同じようにかすかな言語障害があった。そのため彼は言葉をやたらに用いたりはせずに、明快で正確な発話と、簡潔で論理的な応答を心掛けていた。

p107
差し止めとなった初版のうち現存するのは 20 部少々であって、きわめて希少な初版本となっており、それゆえオークションでは並外れて高い値がつく結果となっている。

p124
テニエルは相変わらず、『パンチ』誌の毎週の夕食会でチャーチウォーデン・パイプをくゆらせ続けた。

p128
その折に船旅の魅力に心を奪われてしまった。

p152
大部分(ライオンズシェア)

p156
私がいまだに理解できずにいるのは、なぜ、型にはまったことは一切やめて、最初からモデルを見て描いてはいけないのか、ということなのです。

p182
キャロルは自分の論理学の研究がやりがいのあるものだと考え、論理学を「神のための仕事」だと呼び、晩年の大部分をこのテーマの発展に専念した。

p183
四散した論理学の書き物類を見つけた。

p184
「正確な議論を愛しています。この子にとって、それが自然なのです」

p184
一世紀以上にわたり、ユークリッド幾何学を勉強(または丸暗記)することはどの生徒にも悩みの種となった。

p198
私の同級生たちはとても熱心に『不思議の国のアリス』の作者である有名な数学者に会う準備をして、ノートと鉛筆で武装して図書館に集まったのです。

p205
キャロルは、この新しい時代の驚異に手を染めることのできた初期のパイオニアの一人だった。

p208
カメラはクライストチャーチに5月1日に配達された。このようにしてキャロルの「一つの気晴らし」が始まった。それは以後はほぼ 25 年間にわたって続けられ、彼はヴィクトリア朝の主要な写真家、特に肖像写真の大家として知られるようになったのである。

p214
この時代、子どもの写真を撮影しようと試みた写真家はほとんどいなかった。なぜなら多くの場合、子どもは落ち着きがなく忍耐力のないモデルだったからである。この時代の大多数の写真家は風景写真を撮っていた。

p223
1856 年から 1880 年までの間にキャロルは写真を撮り、この間に約3千枚の写真が製作されたということになる。1875 年に彼は自分の撮影した全写真をカタログ化しようと決め、3週間ほどの間、画像を登録する作業に費やした。

p246
私は描くための努力を愛しています。

p256
キャロルはそれを5回続けて観に行き、「相変わらず良い」と記している。

p261
キャロルの鋭い耳は、彼女の歌唱が高水準にはないことを感知していたのであった。

p262
ヴィクトリア朝では機械で音楽を流す方法はほとんどなかったが、たいていの中流階級の家庭にはピアノがあり、それを演奏する人がいた。

p275
舞台上で何か礼に反することや冒涜的なことが演じられたら途中で退席したことでキャロルは知られており、そのあとすぐに苦情の手紙が劇場の支配人に届いていたのである。

p280
子役の俳優たちと接した経験から、1880 年代中頃に浮かび上がってきた、10 歳未満の子どもが舞台で演じるのを禁止する流れに反対したのだ。

pp280-281
親が子どもを搾取していたという考えは必ずしも正確ではない。子役の子どもたちの多くは演技することを存分に楽しんでいたし、才能ある子どもたちが劇場の経営者から教育面や経済面でしっかりした援助を受けている多くの良い実例をキャロルは目にしていたのだ。

p284
キャロルはこの頃にはどうしてもこの才能ある劇作家に会って、写真のモデルになってもらいたいと思っていた。いつでもヴィクトリア朝の著名人を自分の肖像写真の作品集に加えることに熱心だったのだ。

p286
たとえば自分自身に親になった経験がなくても、躾けには一貫性が大切だとキャロルはわかっていた[。]

p296
その方たちは(曖昧ながらとても便利な言い回しを使えば)「いい人たち」でしょうか。

p311
勉強ばかりしていたわけではなかった。友達を、特に女性の友達を作る時間もあった。

p312
王子はとりわけ謙虚な方で、態度は穏やかだ。王子が大勢の人に好かれているのは不思議ではない。

p316
寄宿学校に住むことにの弊害の一つは、病気がたちまちそこの居住者に広がってしまうことだった。

p318
3人の姉妹はよく同じ生地でできた服を着ていたので、クライストチャーチの中を歩く3人はとても人目を引いたに違いない。

p320
自分の言いなりになってくれる大人がそばにいる時、すぐに「お話をして」と言い出せない子どもがいるでしょうか。

p334
そういう友情は今日では誤解されるかもしれないが、ヴィクトリア朝の社会では何ら疑いをさしはさまれなかった。

p337
人生には秩序が必要だと考え、時には自分の振る舞いに強迫観念をもち、つねに物事をきちんとする人だったという印象を受ける。キャロルは「リストメーカー」で「目録屋」だった。だから、個人的な情報のファイルは整理されており、容易に調べられた。

p338
とても静かな控えめな方で、大きなパーティとか歓迎会といった社交的なことにはほとんど関心を示さず、親しい方のお宅を好きな時に訪ねていました。こういう訪問は、あの方が自分に許した楽しみの一つでした。

p339
あの方の人となりの魅力的なところは、勉強している若い人を助けて励ますのが好きだったことです。

p344
人は老いていくにつれて、記憶がぼやけ始め、出来事に感傷が混じって真実とは幾分ずれるということが大いにある。

p345
今の時代の主流になっている有力な神話の一つであるようだ__大人と子どもとのどんな関係も猜疑の目で見るこの時代の。我われは疑い深い、人を信じない世界に住んでいる。

p346
キャロルは女性たちといるとくつろげたし、楽しかった。

p347
キャロルが年齢を問わず、女性たちと一緒にいると幸せで居心地がよかったということは疑う余地がない。

p348
彼は知的な子どもたちが好きだった。

p449
そこで、もちろん、私にパイプを勧めてくれました。

p451
上の階の小部屋で二人がパイプをふかしても気にしなかったんだ。

p454
キャロルは残酷な人ではなかった__まったく逆だった。とても思いやりのある人で、しばしば友人たちに贈り物をしていたし、テニソン家の子どももその例に漏れなかった。

p462
純粋に受け身的な役割

p478
キャロルは生涯においてただの一度だけ外国に旅している。ヨーロッパ経由ではるか東のロシアまで足を延ばしている。

p481
この本は、過去半世紀にわたって刊行されている、かなり常軌を逸した伝記の誤りを証明する試みである。これらの伝記のなかではその伝記作家たちは現存する第一次資料を十分には利用していない。そしていろいろな想像をめぐらし、勝手に神話を作っている。

p485
「数百行の詩行」は、lines(ラインズ)と呼ばれる罰則。パブリック・スクールで販促を犯した生徒にラテン語の詩行などを筆写させた。

p508
キャロルは 1875 年にこれまで撮った写真すべてに年代順に4桁の通し番号を付けて整理し、以後 1880 年まで記録し続けた。IN は「画像番号(image number)」を表す。原簿は紛失している。

p521
今日も伝記を愛してやまない国民性は変わらず、新刊の伝記類は書店のなかでも主要な場所を占めている。イギリスのおいて伝記は、文化における豊かな水脈であるばかりか、文学作品としての認知も早くからなされていた。

p522
ただし、大きな付帯条件がつきつけられる__ドッドソンの同時代である「ヴィクトリア朝の価値観、通念」をつねに忘れてはならない、間違っても今日の価値観や判断基準でもってドッドソンという人物を解釈してはならない、というのが作者の「警告」である。「キャロルはあくまでもヴィクトリア朝の人間であったのである」[…]という本書の最後を締めくくる言葉は実に重い。/ただ、ヴィクトリア朝に生きた一人の人間が、時代の要請する価値観、社会規範のもとでどのように生きたかを見極めるのは、現在の読者にとってなかなか容易なことではない。しかしながら、こうした心配は杞憂である。本書はヴィクトリア朝の社会規範、道徳、宗教、職種、芸術関係などが詳細に解説されているからだ。本書はある意味でヴィクトリア朝社会、文化の百科全書のような様相を呈するのだ。

p525
キャロルほど人生を楽しみ、真剣に生き、大勢の人を幸せにした人はいなかったのです。きっとこれがこの人物の魅力の源でしょう。

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